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インタビュー
掲載日:2024年08月21日
今回は創業130年の歴史を誇る、葬祭用品専門商社「株式会社萩原」にお邪魔し、代表の諸田様と営業本部長の石津様にお話しを伺いました。
お二方のこれまでのご経歴から、現在進行形で取り組まれている社内改革の具体的な内容、葬祭用品専門商社と葬儀社での働き方の違いなど、様々なお話を聞くことが出来ました。
まずは石津様のご経歴と萩原に入社された経緯を教えてください。
石津:私は社会人としてのキャリアを茨城県の葬儀社でスタートさせました。葬儀業界に特別な興味があったわけではなく、たまたま葬儀社の求人を見て応募したのがきっかけです。
入社後、当時の社長から「この仕事は職人だ」と言われましたが、最初はその意味が分かりませんでした。実際に働き始めてから「人付き合いの職人」であることを実感しました。
ご遺族にとって葬儀は一度きりの重要なイベントですから、絶対に後悔させることがないように、今の自分に何ができるのか?ということをしっかりと考え、そして学びながら全力で向き合う大切さを教えていただきました。
そうして2社ほど葬儀社を経験させていただき、30歳を過ぎた頃、結婚という機会もあって新しい挑戦を求めて東京に出てきました。
その時点で、10年以上の葬祭ディレクターとしての経験があったので、自分なりの葬儀に対する想いというものが確立されていました。ですから転職先の葬儀社を探すうえでは、そんな自分の想いを大事にしながら働ける会社かどうか、というのが重要でした。そんな時にたまたま萩原の求人に出会いました。
もともと葬祭用品専門商社である萩原の存在は知っていたので、「顧客が葬儀社」という立場からさまざまな葬儀社を見てみるのも面白いと思い、応募しました。
面接で当時常務だった諸田(現社長)と初めて会って「10年後に管理職として活躍してくれる人材が今欲しいんだ」という将来ビジョンや熱い話を聞いたことが決め手となりました。この人について行こうと思い、その日のうちに入社を決意しました。
入社後に知ったのですが、諸田が初めて担当した面接で採用に至ったのが私だったそうです。タイミングも良く、いろいろな要素がうまく重なって入社が決まったと感じています。
石津様は入社して11年と伺っています。採用面接の時の「10年後の管理職」というお話しがその通りになっているのですね。
諸田:はい、シナリオ通りです。(笑)
諸田様は石津様の最初の印象はいかがでしたか。
諸田:石津は第一印象から清潔感があり、話し方も落ち着いていて、営業マンとしての適性を感じましたね。さらに葬儀社で働いていた経験を持っていることも大きかったです。
実は当時の萩原では、元葬儀社の方を採用するのは避けていました。
葬儀社の皆さんの間で「萩原に社員を引き抜かれた」と噂になってしまったら大問題ですからね。
ところが石津と話し、その経験と熱意を見て、むしろこういう人材こそ萩原には必要だと感じました。
石津からこれまでの事情を詳しく聞いてみても、これは引き抜きにはならないだろうという判断のもと、当時の役員を説得して採用に踏み切りました。
それでは話を少し戻します。石津様が葬儀社で働かれていた時には、どのような想いでお仕事をされていましたか。
石津:私は10年以上葬儀社で働いていたのですが、辞める頃に強く感じていたのはグリーフケアの重要性でした。ご遺族の気持ちに寄り添った葬儀をご提供することが何よりも重要だと考えていました。その時期は特にその想いが強くなっていたと思います。
アメリカでは、葬儀に関わるには国家資格が必要です。
この資格は、葬儀の技術以上に、人の気持ちを理解し、メンタル面をしっかりケアできることが求められます。この考え方に私は共感しています。
様々なご遺族と接する中で、毅然とした態度で葬儀に臨む方もいれば、泣き崩れてどうにもならない方もいました。
悲しみの大きさは異なりますが、共通しているのは、皆が深い悲しみの中にいるということです。そのような状況で、後悔のない葬儀をご提供するには、やはり心のケアが欠かせません。
私自身、20歳で葬儀社に入社し、23歳で父を亡くしました。
葬儀社での3年間の経験があったにもかかわらず、いざ父を失った時には何をすればいいのか全く分からなくなってしまいました。
この経験から、一般の方々が大切な家族を亡くされた時の混乱や悲しみを想像すると、なおさらその気持ちを理解し寄り添える葬儀社の役割の重要性を痛感しました。
そのような想いで働かれていた中で、萩原への入社を決めたのですね。
萩原で商社営業マンとして働くうえで、葬儀社での経験が生きた点はありますか。
石津:それは大いにあります。それこそ、仕事に向き合う姿勢みたいな基礎の部分は葬祭ディレクター時代に培ったものと同じです。
入社当時の私は営業経験がなかったので、どうしてもモノを売らなければいけない、数字を作らなければならないという感覚が強くありました。
ですから先輩社員の方々に「営業ってどうやるんですか?」と相談したことがあります。
一人の先輩が「君は今まで葬儀社で何をやってきたんだ?」と聞いてきました。
私は「ご遺族の気持ちに寄り添いながら、ご満足いただける式を作るために、コミュニケーションをとって信頼されることを第一にやってきました」と答えました。
するとその先輩は「じゃあ、そのままやればいいじゃないか?」と言ったんです。
その時「あ、それでいいんだ」と思い、それ以来、ずっとそのスタイルでやってきました。
営業職においても人付き合いや信頼関係を築くことが大切だと教えてもらった時に、不安がなくなりましたね。
仕事をする上でのベース部分は葬儀社時代の経験をそのまま生かせたわけですね。
石津:はい。
また、葬儀に対する知識があったことで、ニュアンスでないと伝えづらい葬儀社の方々が抱えている困り事というものを、スムーズに汲み取ることができたと感じています。葬儀社で働いた経験がなければ、そのようなことは難しかったと思いますので、これらも葬祭ディレクターの経験が生きた部分だと思います。
ありがとうございます。
諸田様の目には商社営業マンとしての石津様はどのように映っていますか。
諸田:そうですね、やはり10年以上の葬祭ディレクターの経験があったため、業界や商品の知識を最初から持っているだけでなく、様々な葬儀のやり方を知っていることが強みになっていると感じます。
石津は、お客様である葬儀社の方々に対して、培ってきた知識や経験をもとに様々なアドバイスができます。そういった点で他の人よりも厚い信頼を得ることができ、入社当時から成果を上げて成長してきたのだと思います。
石津:実は入社して間もない時期に視点が大きく変わったんですよ。
というのも、自分が葬儀社で働いている時は、自分なりの理想の葬儀を追い求めても、その葬儀社の中でしか動くことができませんでした。
しかし、萩原のように多くの葬儀社と接する会社であれば、問屋業として葬祭業界全体の文化を変えていける可能性があると考えるようになり、それが私のモチベーションにもなりました。
「業界全体の文化を変えられる可能性」というのはとても興味深いので後ほど詳しく聞かせてください。
まずはこのタイミングで諸田様のご経歴もお伺いしてよろしいでしょうか。
お二方のこれまでのご経歴から、現在進行形で取り組まれている社内改革の具体的な内容、葬祭用品専門商社と葬儀社での働き方の違いなど、様々なお話を聞くことが出来ました。
株式会社萩原 代表取締役 社長
諸田 徳太郎さん
大学卒業後は証券会社に就職し、営業職として順調に結果を残す。
御祖父様が亡くなったことをきっかけに家業である株式会社萩原を継ぐことを決意。
約12年間、常務取締役としてご活躍ののち、2023年10月に同社の代表取締役に就任。現在は社内の大改革を推進中。
諸田 徳太郎さん
大学卒業後は証券会社に就職し、営業職として順調に結果を残す。
御祖父様が亡くなったことをきっかけに家業である株式会社萩原を継ぐことを決意。
約12年間、常務取締役としてご活躍ののち、2023年10月に同社の代表取締役に就任。現在は社内の大改革を推進中。
株式会社萩原 営業本部長 兼 営業企画部長
石津 純一さん
初めての就職は茨城県の葬儀社。右も左も分からない業界に飛び込み約10年間葬祭ディレクターとして経験を積む。
30歳を超えたタイミングで上京し、株式会社萩原に入社。入社の決め手は現社長である諸田様の熱いお話を聞いたこと。
現在は営業本部長 兼 営業企画部長として同社の営業部門を牽引している。
石津 純一さん
初めての就職は茨城県の葬儀社。右も左も分からない業界に飛び込み約10年間葬祭ディレクターとして経験を積む。
30歳を超えたタイミングで上京し、株式会社萩原に入社。入社の決め手は現社長である諸田様の熱いお話を聞いたこと。
現在は営業本部長 兼 営業企画部長として同社の営業部門を牽引している。
葬祭ディレクターから専門商社へ「顧客が葬儀社」という働き方。
本日はよろしくお願いします。まずは石津様のご経歴と萩原に入社された経緯を教えてください。
石津:私は社会人としてのキャリアを茨城県の葬儀社でスタートさせました。葬儀業界に特別な興味があったわけではなく、たまたま葬儀社の求人を見て応募したのがきっかけです。
入社後、当時の社長から「この仕事は職人だ」と言われましたが、最初はその意味が分かりませんでした。実際に働き始めてから「人付き合いの職人」であることを実感しました。
ご遺族にとって葬儀は一度きりの重要なイベントですから、絶対に後悔させることがないように、今の自分に何ができるのか?ということをしっかりと考え、そして学びながら全力で向き合う大切さを教えていただきました。
そうして2社ほど葬儀社を経験させていただき、30歳を過ぎた頃、結婚という機会もあって新しい挑戦を求めて東京に出てきました。
その時点で、10年以上の葬祭ディレクターとしての経験があったので、自分なりの葬儀に対する想いというものが確立されていました。ですから転職先の葬儀社を探すうえでは、そんな自分の想いを大事にしながら働ける会社かどうか、というのが重要でした。そんな時にたまたま萩原の求人に出会いました。
もともと葬祭用品専門商社である萩原の存在は知っていたので、「顧客が葬儀社」という立場からさまざまな葬儀社を見てみるのも面白いと思い、応募しました。
面接で当時常務だった諸田(現社長)と初めて会って「10年後に管理職として活躍してくれる人材が今欲しいんだ」という将来ビジョンや熱い話を聞いたことが決め手となりました。この人について行こうと思い、その日のうちに入社を決意しました。
入社後に知ったのですが、諸田が初めて担当した面接で採用に至ったのが私だったそうです。タイミングも良く、いろいろな要素がうまく重なって入社が決まったと感じています。
石津様は入社して11年と伺っています。採用面接の時の「10年後の管理職」というお話しがその通りになっているのですね。
諸田:はい、シナリオ通りです。(笑)
諸田様は石津様の最初の印象はいかがでしたか。
諸田:石津は第一印象から清潔感があり、話し方も落ち着いていて、営業マンとしての適性を感じましたね。さらに葬儀社で働いていた経験を持っていることも大きかったです。
実は当時の萩原では、元葬儀社の方を採用するのは避けていました。
葬儀社の皆さんの間で「萩原に社員を引き抜かれた」と噂になってしまったら大問題ですからね。
ところが石津と話し、その経験と熱意を見て、むしろこういう人材こそ萩原には必要だと感じました。
石津からこれまでの事情を詳しく聞いてみても、これは引き抜きにはならないだろうという判断のもと、当時の役員を説得して採用に踏み切りました。
葬祭ディレクターも商社営業も仕事に向き合う基本スタンスは同じ。
諸田様も石津様も面接の場でお互いに惹かれあったわけですね。それでは話を少し戻します。石津様が葬儀社で働かれていた時には、どのような想いでお仕事をされていましたか。
石津:私は10年以上葬儀社で働いていたのですが、辞める頃に強く感じていたのはグリーフケアの重要性でした。ご遺族の気持ちに寄り添った葬儀をご提供することが何よりも重要だと考えていました。その時期は特にその想いが強くなっていたと思います。
アメリカでは、葬儀に関わるには国家資格が必要です。
この資格は、葬儀の技術以上に、人の気持ちを理解し、メンタル面をしっかりケアできることが求められます。この考え方に私は共感しています。
様々なご遺族と接する中で、毅然とした態度で葬儀に臨む方もいれば、泣き崩れてどうにもならない方もいました。
悲しみの大きさは異なりますが、共通しているのは、皆が深い悲しみの中にいるということです。そのような状況で、後悔のない葬儀をご提供するには、やはり心のケアが欠かせません。
私自身、20歳で葬儀社に入社し、23歳で父を亡くしました。
葬儀社での3年間の経験があったにもかかわらず、いざ父を失った時には何をすればいいのか全く分からなくなってしまいました。
この経験から、一般の方々が大切な家族を亡くされた時の混乱や悲しみを想像すると、なおさらその気持ちを理解し寄り添える葬儀社の役割の重要性を痛感しました。
そのような想いで働かれていた中で、萩原への入社を決めたのですね。
萩原で商社営業マンとして働くうえで、葬儀社での経験が生きた点はありますか。
石津:それは大いにあります。それこそ、仕事に向き合う姿勢みたいな基礎の部分は葬祭ディレクター時代に培ったものと同じです。
入社当時の私は営業経験がなかったので、どうしてもモノを売らなければいけない、数字を作らなければならないという感覚が強くありました。
ですから先輩社員の方々に「営業ってどうやるんですか?」と相談したことがあります。
一人の先輩が「君は今まで葬儀社で何をやってきたんだ?」と聞いてきました。
私は「ご遺族の気持ちに寄り添いながら、ご満足いただける式を作るために、コミュニケーションをとって信頼されることを第一にやってきました」と答えました。
するとその先輩は「じゃあ、そのままやればいいじゃないか?」と言ったんです。
その時「あ、それでいいんだ」と思い、それ以来、ずっとそのスタイルでやってきました。
営業職においても人付き合いや信頼関係を築くことが大切だと教えてもらった時に、不安がなくなりましたね。
仕事をする上でのベース部分は葬儀社時代の経験をそのまま生かせたわけですね。
石津:はい。
また、葬儀に対する知識があったことで、ニュアンスでないと伝えづらい葬儀社の方々が抱えている困り事というものを、スムーズに汲み取ることができたと感じています。葬儀社で働いた経験がなければ、そのようなことは難しかったと思いますので、これらも葬祭ディレクターの経験が生きた部分だと思います。
ありがとうございます。
諸田様の目には商社営業マンとしての石津様はどのように映っていますか。
諸田:そうですね、やはり10年以上の葬祭ディレクターの経験があったため、業界や商品の知識を最初から持っているだけでなく、様々な葬儀のやり方を知っていることが強みになっていると感じます。
石津は、お客様である葬儀社の方々に対して、培ってきた知識や経験をもとに様々なアドバイスができます。そういった点で他の人よりも厚い信頼を得ることができ、入社当時から成果を上げて成長してきたのだと思います。
石津:実は入社して間もない時期に視点が大きく変わったんですよ。
というのも、自分が葬儀社で働いている時は、自分なりの理想の葬儀を追い求めても、その葬儀社の中でしか動くことができませんでした。
しかし、萩原のように多くの葬儀社と接する会社であれば、問屋業として葬祭業界全体の文化を変えていける可能性があると考えるようになり、それが私のモチベーションにもなりました。
「業界全体の文化を変えられる可能性」というのはとても興味深いので後ほど詳しく聞かせてください。
まずはこのタイミングで諸田様のご経歴もお伺いしてよろしいでしょうか。
株式会社萩原のその他インタビュー
株式会社萩原の求人
/実務経験者
東京都墨田区
求人ID | 0001720 | 雇用形態 | 正社員 |
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企業名 | 株式会社萩原 | ||
勤務地 | 東京都墨田区本所4丁目8-5 (雇い入れ直後:本社 変更の範囲:転勤の可能性無し 通勤は公共交通機関のみ ) | ||
募集職種 | 法人(実務経験者) 葬祭業経験者歓迎(職種問わず)・年休127日夜間なしでワークライフバランス充実 | ||
給与 | 月給 300,000円~380,000円 | ||
業務内容 | 【専門商社にてルート営業】 葬儀社様やセレモニーホール様、互助会様、葬儀関連サービス企業といったお客様に対し、 ご葬儀で必ず使用する消耗品(棺や骨壺、搬送シーツなど)を中心に、祭壇や斎場備品、仏具、仏壇、霊柩車など数千点の商材をご提案いただきます。 既存企業とのやり取りがほとんどで、新規開拓営業の比重は少ないです。 『モノを売る』だけではなく、既存取引先のお悩みを伺ったうえでの商品提案を徹底しているため、信頼関係構築が重要な役割です。 また関東だけではなく出張で遠方のお客様とお取引も行っており、泊りでの出張もございます。 《業務の流れ》 ▼日帰りの場合 9:00~ 出社、朝礼 9:10~ 営業出発 得意先訪問(AMで2件~3件)1件はアポイント先 12:00 休憩 13:00~ 営業活動再開 得意先訪問(PMで5件~6件)2件はアポイント先 16:30~ 帰社 17:00~ 事務処理 ・受注業務(請書用見積り作成)、提案用見積り作成、資料準備 ・問い合わせ業務、翌日アポイント(例AM:1件、PM:2件) 17:30~18:00 退社 ▼出張の場合(月曜/社内業務、火~金曜/出張営業) 9:00~ 出社、朝礼 9:10~ 営業出発 営業活動については日帰り組と同様 18:00頃 ホテル帰宅 ・受注業務(スプレッドシートにて請書作成)、問合せ業務 ※出張中は見積りの作成ができない為、急ぎの場合は都度US課に依頼します。 ・社内業務 出張準備(資料作成、提案見積り作成、出張中アポイント連絡、事務処理) |