インタビュー
掲載日:2023年12月25日
エンバーミングという言葉を聞いたことがあっても、一体どんな仕事なのか、どんな人が働いているのか、詳しくは知らない方が多いのではないでしょうか。
今回は株式会社ティアサービスのエンバーミング部門にお邪魔し、同部門で勤務されているお二人に、エンバーマーを目指された理由や、どんな思いで取り組んでおられるのか、貴重なお話を伺いました。
早速ですが、お二人のこれまでの経歴を教えてください。
在籍していた大学にたまたま外国のエンバーマーさんがいて、その経験を話したところ、そういった問題を科学的に解決するのがエンバーミングというスキルなんだよ、という事を教えてもらいました。
とはいえ、その時は実際に自分がエンバーマーとして働くイメージもできませんでしたし、スキルを習得するには国外へ行かなければならないと思っていたこともあり、卒業後は販売業の道に進みました。
6、7年ほど販売業で従事したのちに、日本でもエンバーミングの技術を学べることを知って、挑戦することにしました。
学校で技術を学んだあとは、国内のエンバーミングセンターで経験を積みました。
当社は6年ほど前にエンバーミングセンターを立ち上げたのですが、私はその立ち上げのタイミングから勤務しています。
Bさんはいかがですか。
B:私は美容師の仕事を長く続けていたのですが、ある時ヘアメイクの講習会のテーマに「エンバーミング」があったんです。
その講習を受けて以来、ずっと「エンバーミングに挑戦したい」という漠然とした思いがありました。
ただ、実際にキャリアチェンジを決めた大きなきっかけは、新型コロナの流行です。
コロナ渦でイベントなどが出来なくなった影響もあり、美容師の仕事がどんどん減っていきました。「このままでは立ち行かなくなってしまう」という危機感から、以前から挑戦したいと思っていたエンバーマーにキャリアチェンジする決心をしました。
幸い家族から反対されることもなく、当社へは1年ほど前に入社しました。最初の半年は湯灌師として経験を積ませてもらい、現在はエンバーミングの勉強中です。
ありがとうございます。お二人それぞれの経緯があるんですね。
では続いて、エンバーミングがどのように行われているのか、簡単に流れを教えて下さい。
A:まずは現場業務を担当するスタッフがお客様と打ち合わせをします。そこで決まった内容を元に依頼書が作られて、それが私たちの元に届いたらエンバーマーの出番です。
エンバーミングセンターにご遺体をお迎えしたら、最初にご遺体の状況を細かく確認します。どのような施術をしてどんな仕上がりを目指すのか、何人かのエンバーマーで話し合って方針を決定します。
エンバーミングは、初見後の判断にかなりの経験が必要で、それによって仕上がりにも違いが出てきますので、必ず複数人で意見交換をするようにしています。
方針が決まったら、目指す仕上がりに向けて工程を進めます。ここからは個人個人で行う作業となり、使用する薬剤や具体的な施術内容を決めていきます。
エンバーミングは、納棺・湯灌のように体の表面を綺麗にするだけでなく、腐敗の原因となる血液や体内の老廃物を除去する作業も行います。
最後に着付けをしてからお棺に納めることもありますし、納棺をせずに会館にお連れして、そこから湯灌を行うこともあります。
一人で全てやるのではなく、複数人で方針を決められているのですね。
故人様お一人に対してどれくらいの時間をかけられるのでしょうか。
A:メイクアップなどを行うファイナルタッチと呼ばれる工程まで含めると、3時間から3時間半程度かかることが多いですね。
エンバーミングでは血管に薬剤を注入するのですが、その薬剤を全身に循環させる必要があるうえ、人それぞれ体格が違うので、お一人お一人施術を行う時間にもかなり差があります。
今は一人のエンバーマーが1日に2、3人の処置を行っています。
ありがとうございます。エンバーミングの流れが何となく理解できました。
お二人に伺いますが、エンバーマーになってから、特に印象に残っていることはありますか。
B:やはり激しい損傷のあった故人様が、エンバーミングによって綺麗になったときは「すごい」と思います。それと同時に、どうやったらこんな風に処置できるのか?と考えます。
A:私も同じですね。やはり綺麗なお姿になった故人様を初めて見た時は衝撃的でした。それくらいエンバーミングを施したご遺体は変わるんです。
「エンバーミングって、損傷したご遺体を元通りにするものなんでしょ?」と聞かれることがありますが、少し違います。
「綺麗に元に戻す」というよりも「現状をどうやって維持するか」という技術なんです。今より損傷したり、腐敗が進まないようにするために、ご遺体に手を加えるのがエンバーマーの仕事です。
ですから、修復する前にまずはエンバーミングを行って故人様の状態を整えてあげるんです。修復して傷を隠さないといけない時のために、ご遺体をいかにベストな状態にするか、というのが、実はエンバーミングで一番大事なことなんです。
その作業を行うことで防腐にもなりますから、長くご遺体を保管することもできるようになります。
ご遺体のポテンシャルを最大限に引き出すための下準備といったイメージでしょうか。
A:そうですね。
当社では、エンバーマーが仕上げのメイクをすることもあれば、納棺師さんにメイクをしていただくこともあります。どちらが最後のメイクをしても綺麗なお顔にしてさし上げられるように、ご遺体の状態をしっかり整えることはとても大切です。
綺麗なお姿に戻すことばかりに焦点を当ててしまうと、エンバーミングの様々な処置を物理的な制約や時間的な制限のためにショートカットしなければならなくなります。
すると時間の経過とともに顔色が変わってしまった、などという事に繋がりかねません。
エンバーミングは、薬品を使ってご遺体をコントロールするという関係上、時間がとても大きなファクターとなります。ですから、じっくり取り組む工程と、手早く行う工程のバランスをうまく見極めて処置を行うことが重要です。
その見極めはとても難しそうですね。
A:おっしゃる通り、とても難しいです。個人的にはこのバランスの見極めに経験の差が出るのではないかな、と思っています。
やろうと思えばどこまでも手をかけられてしまうので「どれだけ手を加えるべきか」という判断が難しいんです。
葬儀や納棺式の日はすでに決まっていますから、どんな処置をどれだけ行えばベストを提供できるのか、それをしっかり考えて遡ってスケジューリングをする必要があります。
私は長年エンバーミングに携わってきたので、経験の浅い人にはスケジューリングを含め線を引いてあげたり、ここからこんなアプローチをしてみたら?と助言してあげることを意識しています。
ご遺体を一番良い状態に維持することと、遡ってスケジューリングをすること、どちらも両立する必要があるんですね。
A:そうですね。知識や技術はもちろん必須ですが、ご遺体の状況や自分たちに与えられた時間など、多角的かつ冷静に見られる柔軟さも必要だと思います。
その他にもエンバーマーとして働くうえで、大切だと感じることはありますか。
A:「共感力を持ちましょう」という話もよくしています。
エンバーミングを行う際、故人様の生前のお写真をご遺族からお借りするのですが、お写真を通して故人様の顔色や顔の形などを見るのはもちろん「どうしてこの写真を選ばれたんだろう?」と、その写真が選ばれた背景まで考えるように伝えています。
故人様のお写真は、何千枚も存在しているはずです。その中から1、2枚を選ばれているわけですから、なぜこの写真を託してくださったのかを考えながらイメージを膨らませることは大切なことなんです。
そうすることで、誰でも故人様のお姿を理想の状態に持っていくベースづくりができると考えています。
エンバーマーは、これまでの経歴や経験したエンバーミングの件数が重要視されがちですが、いかに共感力を磨くかという点も技術者として大切なポイントじゃないかな、と思っています。
もちろんご遺体の保全や状態を維持することは絶対にできなければならないことなのですが、その先の部分も気にしてもらえたらいいなと思います。
ありがとうございます。
A:Bの場合、美容師としての長年の経験があるためか「こんなことをしてあげたい」「こうしてあげたら喜ばれるんじゃないか」という想像力の引き出しがすごく多いんです。
これはエンバーマーの経験ではどうにもならない部分だと思っていて、私はすごく刺激を受けました。
Bに「こうしたい」と言われて初めて「あ、そうだよね!」と気づかされることもたくさんあるんです。
これまでのキャリアもエンバーマーとしての経歴も違いますが、お互い全く違う強みがあると感じています。
私の場合は、故人様をお預かりしたあとの最初のスケジューリングで、会館に到着すべき時間から逆算して、ギリギリこの時間までは施術ができるからこんなことができるな、と大まかなタイムスケジュールをロジカルに組めるのですが、そういった点は前職を含めた今までの経験が活かされているように思います。
ただこれは販売業の経験だけではなく、エンバーマーとして最初に経験を積んだエンバーミングセンターで指導してくれた外国人からもそういう考えをするように教わりました。
国外のエンバーミングセンターで働かれていたんですか。
A:いいえ、国内のエンバーミングセンターです。
一緒に勉強した同期の人たちは日本人が所属するエンバーミングセンターに行ったのに、私だけ日本人が一人もいないところだったんです。
全員外国人ですか!
A:そのエンバーミングセンターに所属していたエンバーマーは、ほとんどがカナダから来ている人たちで、センター内での会話はほぼ英語でした。
私は英語が全く話せなかったので、必死に食らいついていくことになって……今思い出してもとても大変な時期でした。
言語の壁があったうえに、そのセンターはすごくシビアで、どんなに忙しくても使い物にならない人は使わないんです。
だから私は、しばらくは道具磨きとか職人の弟子みたいなことをやっていました。そうしないと道具に触らせてもらうこともできないほどでした。
ところが必死に努力していると、向こうも少しずつ私に寄せてきてくれるようになって、だんだん中間言語のようなものが出来上がってきました。
コミュニケーションを積極的にとって普通の会話ができるようになり、そのうち並んで仕事ができるようになってきて、とかなり時間がかかりましたが、貴重な経験をしていたなと思います。
ハードな環境ではありましたが、エンバーミング以外の余計なことが全て取り除かれた状況に放り込まれたので、本質を追求しながら働くことが出来たと思います。
お話を伺う限りかなり厳しい環境だったと思います。乗り越えるためのモチベーションや支えはありましたか。
A:やはりひどい状態になってしまったご遺体が、劇的に変わるプロセスを知りたいという思いですね。
探求心ということでしょうか。
A:探求心だと思います。これはBを含め、エンバーマーみんなが持っている気持ちかもしれません。本当に劇的に変わるんですよ。
だからそういった大きな変化にやりがいを感じられる人は、納棺・湯灌やエンバーミングの世界に飛び込んでみるのもいいんじゃないかと思います。
劇的に変わるということでしたが、お二人は損傷のひどいご遺体に触れることに抵抗はなかったのでしょうか。
B:私は全く気にならないタイプでした。もともとは生きている人間だったわけですから、全然大丈夫でしたね。
「触れない」という人に対しても「なんで?」と思ってしまうくらい抵抗はありませんでした。
それは入社半年まで担当していた湯灌を行う時からずっと変わりないです。
どんな故人様がおられても大体すんなりと受け入れることができました。
Aさんはいかがでしたか。
A:私の場合は真逆で、最初は亡くなった方を見るのも無理なほどでした。
今でこそ平気なんですが、ご遺体に触れた瞬間にすごく冷たいので背中がぞくぞくっとするんです。親族でもない無関係の故人様を拝見した時はすごく抵抗感がありました。
ただ、先輩がエンバーミングの施術を行ったご遺体には抵抗をあまり感じなかったことを憶えています。その後は様々なご遺体と対面してきましたが、少しずつ克服してきました。
ご遺体への抵抗感を克服して、エンバーマーとしてスキルが身についてくると、今度は故人様から影響を受けないようにするのが大変でした。
影響というと?
A:経験を積むと、だんだんとどんな理由でお亡くなりになったのか分かるようになります。致し方ない事故やご病気なのか、あるいは自死なのか……そういう背景が分かるとすごく影響を受けてしまうタイプなんです。
ですから、その頃はタバコと一緒に外の空気も吸って、エンバーミングセンターからいったん離れることで気持ちをフラットにするようにしていました。
そうしないと、ご遺体から伝わるたくさんの情報に翻弄されて疲れ切ってしまうんです。
さらに経験を積み、どんな状態のご遺体でも綺麗に整えられるようになって「あ、俺ってどんな人でも対応できるんだな」と自分で思えた瞬間、不思議なことにご遺体の背景そのものが全く気にならなくなりました。
おそらく、まだ未熟だった頃は「もっと上手くやれたんじゃないか」と思いを背負い込んでしまうことが多かったのが、技術が上がることで、そういう思いが浄化されたのかな、と思います。
B:私自身も今ふがいなさを感じることが多いですが、こういうお話を聞くと、それも乗り越えていけるのかなと思えますね。
どの施術も繊細なものばかりだと思いますが、エンバーミング中に特に緊張する施術はありますか。
B:幸いこれまで極端に緊張したものはないかもしれません。周りにいる先輩方が助けてくださるので、1人でやらなければならないことでも安心して取り組めるんです。
基本的に私がエンバーミングをやるか、やらないかだけを先輩方が聞いてくださいます。私が担当する場合には、施術に使う薬品や、どんな仕上がりを目指すのか、まずは全て自分自身で決めるんです。
そのあとに、先輩方と打ち合わせをして、自分の目指したい方針について相談させていただく流れが多いですね。
難しい内容についてはサポートに入っていただけますが、その場合も自分から「お願いします」と言わないとサポートしていただけないので、自発的に動くことは大事にしています。
セーフティネットがあるから、安心して取り組めるんですね。
Aさんはいかがでしょうか。
A:そもそもの依頼自体が非常に少ないのですが、私の場合は小さなお子さんにエンバーミングを施すときが一番緊張します。自分自身が子供の親になったことで、共感しやすくなり、辛く感じてしまう気持ちが影響しているのかもしれません。
エンバーミングを行う以上、血管に防腐剤を注入するため必ずどこかに傷を付けなければなりません。その傷をどこにどれくらいの大きさで入れるのか?というのが一番緊張する瞬間です。
またお子さんは体の水分量が多いので、きちんと見極めて処置を行わないと時間の経過とともに急激にご遺体に変化が起こってしまうこともあるんです。
技術的にも緊張感をもって行う必要があるんですね。
A:そうですね。葬祭ディレクターの方にも小さなお子さんの葬儀は苦手だという方がいるのではないでしょうか。
ご両親が「離れたくない」とおっしゃったり、特殊な状況が生まれやすいことも理由だと思います。
エンバーマーとしてやりがいを感じるのはどんな時でしょうか。
不思議ですね。
B:達成感があるのか何なのか自分でも分からないのですが、何故かちょっとだけすっきりするんです。
毎日仕事をしていたら、誰でもストレスが存在しますよね。そういう業務中のいろいろなストレスがふっと昇華されるといいますか……その瞬間は「あ、やってて良かった」と思います。
A:私はちょっと違っていて、お客様のところへお連れするときに感じることが多いですね。
お棺のふたを開けて、「どうでしょう?」と言ったあと5秒で正解かどうかが判断されると思っています。ですから最初にお顔をご覧いただいたときに「あ、入院前のお父さんだ」みたいなお言葉をいただけるとすごくやりがいを感じますし、ほっとするんです。
お客様と一緒に行う納棺や湯灌と違い、エンバーミングセンターの中にお客様は入れませんから、エンバーマーは最後に答え合わせをすることになります。私たちはそういうプレッシャーと常に戦っています。
また、エンバーミングは故人様とご遺族が離れ離れになってしまう時間でもあるので、ご遺族も「きっと綺麗な姿になるだろう」とか「前より良くなっているだろう」と期待のハードルが上がっています。その期待にどれだけ応えられるかという緊張感も常にあるんです。
ですから当社では、納棺師の方々が行うファイナルタッチアップという最後のお化粧に、ご遺族に極力立ち会っていただくようにしています。そうすることで、ご遺族と一緒に作り上げることが出来ないというエンバーミングの弱点を少しでも補えるようにしています。
先ほどAさんがおっしゃっていた「たくさんある故人様の写真の中から、なぜこの写真が選ばれたのか、その背景まで考えなさい」というのは、こういったところにも通じるお考えなのですね。
では最後に、これからエンバーマーを目指す方にお二人から一言ずつお願いします。
B:やりたいと思う方はぜひ挑戦してほしいです。助けてくれる人もたくさんいますし、意外と飛び込んでみたら「大丈夫だった」と思っていただけると思います。
A:搬送でも納棺師でも葬祭ディレクターでも、はたまたエンバーマーも私は全部一緒だと思っています。なぜなら、お客様はその違いを知らないからです。
ですからエンバーマーになりたいと思って目指すよりも、まずは葬祭業界という世界に来て、そのあとに自分には何が合っているのかを探していただくのがいいと思います。
Bの場合も、最初に湯灌を経験してからエンバーマーとして研修をスタートさせています。
こんな風にいろいろなお仕事を知って、適材適所で自分に合ったポジションで働くことが理想的だと思いますね。
どのポジションでも「お客様のために」という本質的な精神は共通しているはずです。
ですからまずは肩の力を抜いて、とにかく葬祭業界の門をたたいてみてほしいです。
それから当社の場合は上場企業なので、労働環境もかなり整っていると思います。薬剤は揮発性の低いものを使用したり、健康診断も厳しかったりしますし、もちろん深夜まで仕事をするようなこともありません。
守られた環境で、しかも1からスキルを身につけてエンバーマーを目指すことができるので、興味があるという方は是非チャレンジしていただきたいです。
今回は株式会社ティアサービスのエンバーミング部門にお邪魔し、同部門で勤務されているお二人に、エンバーマーを目指された理由や、どんな思いで取り組んでおられるのか、貴重なお話を伺いました。
株式会社ティアサービス
Aさん
Aさん
株式会社ティアサービス
湯灌師/エンバーマー Bさん
。
湯灌師/エンバーマー Bさん
。
エンバーマーってどんな人?現役のお二人に聞く
本日はお時間をいただきありがとうございます。早速ですが、お二人のこれまでの経歴を教えてください。
訪問したエンバーミングセンターでは、インタビュー中にもご遺体が搬送され、エンバーミングが行われていた。
A:私は19歳の時に母を亡くしたのですが、葬儀の際の母の姿がイメージしていたものと違うという経験をしました。在籍していた大学にたまたま外国のエンバーマーさんがいて、その経験を話したところ、そういった問題を科学的に解決するのがエンバーミングというスキルなんだよ、という事を教えてもらいました。
とはいえ、その時は実際に自分がエンバーマーとして働くイメージもできませんでしたし、スキルを習得するには国外へ行かなければならないと思っていたこともあり、卒業後は販売業の道に進みました。
6、7年ほど販売業で従事したのちに、日本でもエンバーミングの技術を学べることを知って、挑戦することにしました。
学校で技術を学んだあとは、国内のエンバーミングセンターで経験を積みました。
当社は6年ほど前にエンバーミングセンターを立ち上げたのですが、私はその立ち上げのタイミングから勤務しています。
Bさんはいかがですか。
B:私は美容師の仕事を長く続けていたのですが、ある時ヘアメイクの講習会のテーマに「エンバーミング」があったんです。
その講習を受けて以来、ずっと「エンバーミングに挑戦したい」という漠然とした思いがありました。
ただ、実際にキャリアチェンジを決めた大きなきっかけは、新型コロナの流行です。
コロナ渦でイベントなどが出来なくなった影響もあり、美容師の仕事がどんどん減っていきました。「このままでは立ち行かなくなってしまう」という危機感から、以前から挑戦したいと思っていたエンバーマーにキャリアチェンジする決心をしました。
幸い家族から反対されることもなく、当社へは1年ほど前に入社しました。最初の半年は湯灌師として経験を積ませてもらい、現在はエンバーミングの勉強中です。
ありがとうございます。お二人それぞれの経緯があるんですね。
では続いて、エンバーミングがどのように行われているのか、簡単に流れを教えて下さい。
A:まずは現場業務を担当するスタッフがお客様と打ち合わせをします。そこで決まった内容を元に依頼書が作られて、それが私たちの元に届いたらエンバーマーの出番です。
エンバーミングセンターにご遺体をお迎えしたら、最初にご遺体の状況を細かく確認します。どのような施術をしてどんな仕上がりを目指すのか、何人かのエンバーマーで話し合って方針を決定します。
エンバーミングは、初見後の判断にかなりの経験が必要で、それによって仕上がりにも違いが出てきますので、必ず複数人で意見交換をするようにしています。
方針が決まったら、目指す仕上がりに向けて工程を進めます。ここからは個人個人で行う作業となり、使用する薬剤や具体的な施術内容を決めていきます。
エンバーミングは、納棺・湯灌のように体の表面を綺麗にするだけでなく、腐敗の原因となる血液や体内の老廃物を除去する作業も行います。
最後に着付けをしてからお棺に納めることもありますし、納棺をせずに会館にお連れして、そこから湯灌を行うこともあります。
一人で全てやるのではなく、複数人で方針を決められているのですね。
故人様お一人に対してどれくらいの時間をかけられるのでしょうか。
A:メイクアップなどを行うファイナルタッチと呼ばれる工程まで含めると、3時間から3時間半程度かかることが多いですね。
エンバーミングでは血管に薬剤を注入するのですが、その薬剤を全身に循環させる必要があるうえ、人それぞれ体格が違うので、お一人お一人施術を行う時間にもかなり差があります。
今は一人のエンバーマーが1日に2、3人の処置を行っています。
ありがとうございます。エンバーミングの流れが何となく理解できました。
お二人に伺いますが、エンバーマーになってから、特に印象に残っていることはありますか。
B:やはり激しい損傷のあった故人様が、エンバーミングによって綺麗になったときは「すごい」と思います。それと同時に、どうやったらこんな風に処置できるのか?と考えます。
A:私も同じですね。やはり綺麗なお姿になった故人様を初めて見た時は衝撃的でした。それくらいエンバーミングを施したご遺体は変わるんです。
「エンバーミングって、損傷したご遺体を元通りにするものなんでしょ?」と聞かれることがありますが、少し違います。
「綺麗に元に戻す」というよりも「現状をどうやって維持するか」という技術なんです。今より損傷したり、腐敗が進まないようにするために、ご遺体に手を加えるのがエンバーマーの仕事です。
エンバーミングは「現状を維持するための技術」
A:例えば、お顔に傷やあざがある場合、お化粧を使って修復することになりますが、肌が濡れていたり逆に乾燥していると、うまく修復することができません。ですから、修復する前にまずはエンバーミングを行って故人様の状態を整えてあげるんです。修復して傷を隠さないといけない時のために、ご遺体をいかにベストな状態にするか、というのが、実はエンバーミングで一番大事なことなんです。
その作業を行うことで防腐にもなりますから、長くご遺体を保管することもできるようになります。
ご遺体のポテンシャルを最大限に引き出すための下準備といったイメージでしょうか。
A:そうですね。
当社では、エンバーマーが仕上げのメイクをすることもあれば、納棺師さんにメイクをしていただくこともあります。どちらが最後のメイクをしても綺麗なお顔にしてさし上げられるように、ご遺体の状態をしっかり整えることはとても大切です。
綺麗なお姿に戻すことばかりに焦点を当ててしまうと、エンバーミングの様々な処置を物理的な制約や時間的な制限のためにショートカットしなければならなくなります。
すると時間の経過とともに顔色が変わってしまった、などという事に繋がりかねません。
エンバーミングは、薬品を使ってご遺体をコントロールするという関係上、時間がとても大きなファクターとなります。ですから、じっくり取り組む工程と、手早く行う工程のバランスをうまく見極めて処置を行うことが重要です。
その見極めはとても難しそうですね。
A:おっしゃる通り、とても難しいです。個人的にはこのバランスの見極めに経験の差が出るのではないかな、と思っています。
やろうと思えばどこまでも手をかけられてしまうので「どれだけ手を加えるべきか」という判断が難しいんです。
葬儀や納棺式の日はすでに決まっていますから、どんな処置をどれだけ行えばベストを提供できるのか、それをしっかり考えて遡ってスケジューリングをする必要があります。
私は長年エンバーミングに携わってきたので、経験の浅い人にはスケジューリングを含め線を引いてあげたり、ここからこんなアプローチをしてみたら?と助言してあげることを意識しています。
ご遺体を一番良い状態に維持することと、遡ってスケジューリングをすること、どちらも両立する必要があるんですね。
A:そうですね。知識や技術はもちろん必須ですが、ご遺体の状況や自分たちに与えられた時間など、多角的かつ冷静に見られる柔軟さも必要だと思います。
その他にもエンバーマーとして働くうえで、大切だと感じることはありますか。
A:「共感力を持ちましょう」という話もよくしています。
エンバーミングを行う際、故人様の生前のお写真をご遺族からお借りするのですが、お写真を通して故人様の顔色や顔の形などを見るのはもちろん「どうしてこの写真を選ばれたんだろう?」と、その写真が選ばれた背景まで考えるように伝えています。
故人様のお写真は、何千枚も存在しているはずです。その中から1、2枚を選ばれているわけですから、なぜこの写真を託してくださったのかを考えながらイメージを膨らませることは大切なことなんです。
そうすることで、誰でも故人様のお姿を理想の状態に持っていくベースづくりができると考えています。
エンバーマーは、これまでの経歴や経験したエンバーミングの件数が重要視されがちですが、いかに共感力を磨くかという点も技術者として大切なポイントじゃないかな、と思っています。
もちろんご遺体の保全や状態を維持することは絶対にできなければならないことなのですが、その先の部分も気にしてもらえたらいいなと思います。
ありがとうございます。
全くの異業種でも活かせる経験はある?
実際にエンバーミングが行われるエンバーミングルーム。使用する薬剤や機器がずらりと並び、常に清潔に保たれている。
お二人とも異業種からエンバーマーに挑戦されておりますが、前職の経験が活かされる場面はありますか。A:Bの場合、美容師としての長年の経験があるためか「こんなことをしてあげたい」「こうしてあげたら喜ばれるんじゃないか」という想像力の引き出しがすごく多いんです。
これはエンバーマーの経験ではどうにもならない部分だと思っていて、私はすごく刺激を受けました。
Bに「こうしたい」と言われて初めて「あ、そうだよね!」と気づかされることもたくさんあるんです。
これまでのキャリアもエンバーマーとしての経歴も違いますが、お互い全く違う強みがあると感じています。
私の場合は、故人様をお預かりしたあとの最初のスケジューリングで、会館に到着すべき時間から逆算して、ギリギリこの時間までは施術ができるからこんなことができるな、と大まかなタイムスケジュールをロジカルに組めるのですが、そういった点は前職を含めた今までの経験が活かされているように思います。
ただこれは販売業の経験だけではなく、エンバーマーとして最初に経験を積んだエンバーミングセンターで指導してくれた外国人からもそういう考えをするように教わりました。
国外のエンバーミングセンターで働かれていたんですか。
A:いいえ、国内のエンバーミングセンターです。
一緒に勉強した同期の人たちは日本人が所属するエンバーミングセンターに行ったのに、私だけ日本人が一人もいないところだったんです。
全員外国人ですか!
A:そのエンバーミングセンターに所属していたエンバーマーは、ほとんどがカナダから来ている人たちで、センター内での会話はほぼ英語でした。
私は英語が全く話せなかったので、必死に食らいついていくことになって……今思い出してもとても大変な時期でした。
言語の壁があったうえに、そのセンターはすごくシビアで、どんなに忙しくても使い物にならない人は使わないんです。
だから私は、しばらくは道具磨きとか職人の弟子みたいなことをやっていました。そうしないと道具に触らせてもらうこともできないほどでした。
ところが必死に努力していると、向こうも少しずつ私に寄せてきてくれるようになって、だんだん中間言語のようなものが出来上がってきました。
コミュニケーションを積極的にとって普通の会話ができるようになり、そのうち並んで仕事ができるようになってきて、とかなり時間がかかりましたが、貴重な経験をしていたなと思います。
ハードな環境ではありましたが、エンバーミング以外の余計なことが全て取り除かれた状況に放り込まれたので、本質を追求しながら働くことが出来たと思います。
お話を伺う限りかなり厳しい環境だったと思います。乗り越えるためのモチベーションや支えはありましたか。
A:やはりひどい状態になってしまったご遺体が、劇的に変わるプロセスを知りたいという思いですね。
探求心ということでしょうか。
A:探求心だと思います。これはBを含め、エンバーマーみんなが持っている気持ちかもしれません。本当に劇的に変わるんですよ。
だからそういった大きな変化にやりがいを感じられる人は、納棺・湯灌やエンバーミングの世界に飛び込んでみるのもいいんじゃないかと思います。
劇的に変わるということでしたが、お二人は損傷のひどいご遺体に触れることに抵抗はなかったのでしょうか。
B:私は全く気にならないタイプでした。もともとは生きている人間だったわけですから、全然大丈夫でしたね。
「触れない」という人に対しても「なんで?」と思ってしまうくらい抵抗はありませんでした。
それは入社半年まで担当していた湯灌を行う時からずっと変わりないです。
どんな故人様がおられても大体すんなりと受け入れることができました。
Aさんはいかがでしたか。
A:私の場合は真逆で、最初は亡くなった方を見るのも無理なほどでした。
今でこそ平気なんですが、ご遺体に触れた瞬間にすごく冷たいので背中がぞくぞくっとするんです。親族でもない無関係の故人様を拝見した時はすごく抵抗感がありました。
ただ、先輩がエンバーミングの施術を行ったご遺体には抵抗をあまり感じなかったことを憶えています。その後は様々なご遺体と対面してきましたが、少しずつ克服してきました。
ご遺体への抵抗感を克服して、エンバーマーとしてスキルが身についてくると、今度は故人様から影響を受けないようにするのが大変でした。
影響というと?
A:経験を積むと、だんだんとどんな理由でお亡くなりになったのか分かるようになります。致し方ない事故やご病気なのか、あるいは自死なのか……そういう背景が分かるとすごく影響を受けてしまうタイプなんです。
ですから、その頃はタバコと一緒に外の空気も吸って、エンバーミングセンターからいったん離れることで気持ちをフラットにするようにしていました。
そうしないと、ご遺体から伝わるたくさんの情報に翻弄されて疲れ切ってしまうんです。
さらに経験を積み、どんな状態のご遺体でも綺麗に整えられるようになって「あ、俺ってどんな人でも対応できるんだな」と自分で思えた瞬間、不思議なことにご遺体の背景そのものが全く気にならなくなりました。
おそらく、まだ未熟だった頃は「もっと上手くやれたんじゃないか」と思いを背負い込んでしまうことが多かったのが、技術が上がることで、そういう思いが浄化されたのかな、と思います。
B:私自身も今ふがいなさを感じることが多いですが、こういうお話を聞くと、それも乗り越えていけるのかなと思えますね。
どの施術も繊細なものばかりだと思いますが、エンバーミング中に特に緊張する施術はありますか。
B:幸いこれまで極端に緊張したものはないかもしれません。周りにいる先輩方が助けてくださるので、1人でやらなければならないことでも安心して取り組めるんです。
基本的に私がエンバーミングをやるか、やらないかだけを先輩方が聞いてくださいます。私が担当する場合には、施術に使う薬品や、どんな仕上がりを目指すのか、まずは全て自分自身で決めるんです。
そのあとに、先輩方と打ち合わせをして、自分の目指したい方針について相談させていただく流れが多いですね。
難しい内容についてはサポートに入っていただけますが、その場合も自分から「お願いします」と言わないとサポートしていただけないので、自発的に動くことは大事にしています。
セーフティネットがあるから、安心して取り組めるんですね。
Aさんはいかがでしょうか。
A:そもそもの依頼自体が非常に少ないのですが、私の場合は小さなお子さんにエンバーミングを施すときが一番緊張します。自分自身が子供の親になったことで、共感しやすくなり、辛く感じてしまう気持ちが影響しているのかもしれません。
エンバーミングを行う以上、血管に防腐剤を注入するため必ずどこかに傷を付けなければなりません。その傷をどこにどれくらいの大きさで入れるのか?というのが一番緊張する瞬間です。
またお子さんは体の水分量が多いので、きちんと見極めて処置を行わないと時間の経過とともに急激にご遺体に変化が起こってしまうこともあるんです。
技術的にも緊張感をもって行う必要があるんですね。
A:そうですね。葬祭ディレクターの方にも小さなお子さんの葬儀は苦手だという方がいるのではないでしょうか。
ご両親が「離れたくない」とおっしゃったり、特殊な状況が生まれやすいことも理由だと思います。
エンバーマーとしてやりがいを感じるのはどんな時でしょうか。
エンバーミングではたくさんの薬品を扱う。そのため肌や髪が露出しないよう作業着に着替えて行う。
B:エンバーミングの施術が終わって納棺をしたあと、お棺のふたの窓を開けてご遺体のお顔を見るんです。その時にご遺体のお顔が綺麗に整っているとなぜかストレスがスッと減るんですよね。不思議ですね。
B:達成感があるのか何なのか自分でも分からないのですが、何故かちょっとだけすっきりするんです。
毎日仕事をしていたら、誰でもストレスが存在しますよね。そういう業務中のいろいろなストレスがふっと昇華されるといいますか……その瞬間は「あ、やってて良かった」と思います。
A:私はちょっと違っていて、お客様のところへお連れするときに感じることが多いですね。
お棺のふたを開けて、「どうでしょう?」と言ったあと5秒で正解かどうかが判断されると思っています。ですから最初にお顔をご覧いただいたときに「あ、入院前のお父さんだ」みたいなお言葉をいただけるとすごくやりがいを感じますし、ほっとするんです。
お客様と一緒に行う納棺や湯灌と違い、エンバーミングセンターの中にお客様は入れませんから、エンバーマーは最後に答え合わせをすることになります。私たちはそういうプレッシャーと常に戦っています。
また、エンバーミングは故人様とご遺族が離れ離れになってしまう時間でもあるので、ご遺族も「きっと綺麗な姿になるだろう」とか「前より良くなっているだろう」と期待のハードルが上がっています。その期待にどれだけ応えられるかという緊張感も常にあるんです。
ですから当社では、納棺師の方々が行うファイナルタッチアップという最後のお化粧に、ご遺族に極力立ち会っていただくようにしています。そうすることで、ご遺族と一緒に作り上げることが出来ないというエンバーミングの弱点を少しでも補えるようにしています。
先ほどAさんがおっしゃっていた「たくさんある故人様の写真の中から、なぜこの写真が選ばれたのか、その背景まで考えなさい」というのは、こういったところにも通じるお考えなのですね。
では最後に、これからエンバーマーを目指す方にお二人から一言ずつお願いします。
B:やりたいと思う方はぜひ挑戦してほしいです。助けてくれる人もたくさんいますし、意外と飛び込んでみたら「大丈夫だった」と思っていただけると思います。
A:搬送でも納棺師でも葬祭ディレクターでも、はたまたエンバーマーも私は全部一緒だと思っています。なぜなら、お客様はその違いを知らないからです。
ですからエンバーマーになりたいと思って目指すよりも、まずは葬祭業界という世界に来て、そのあとに自分には何が合っているのかを探していただくのがいいと思います。
Bの場合も、最初に湯灌を経験してからエンバーマーとして研修をスタートさせています。
こんな風にいろいろなお仕事を知って、適材適所で自分に合ったポジションで働くことが理想的だと思いますね。
どのポジションでも「お客様のために」という本質的な精神は共通しているはずです。
ですからまずは肩の力を抜いて、とにかく葬祭業界の門をたたいてみてほしいです。
それから当社の場合は上場企業なので、労働環境もかなり整っていると思います。薬剤は揮発性の低いものを使用したり、健康診断も厳しかったりしますし、もちろん深夜まで仕事をするようなこともありません。
守られた環境で、しかも1からスキルを身につけてエンバーマーを目指すことができるので、興味があるという方は是非チャレンジしていただきたいです。